高さについて

──ところで、『ベルリン・天使の詩』は高さの映画でもあります。従って、そこでも俯瞰と仰角を組み合わせた構図=逆構図があるのですが、ここでの仰角が奇妙に高さの印象を欠いています。(中略)たとえば、サーカスのシーンで、地上から空中を見上げるブルーノ・ガンツを捉えたショットには、息づまるような高さの印象がある。だが、そのとき彼の視線のとらえているはずのブランコ上のマルタン・)ソルヴェイグを捉えたショットには、その高さの印象が希薄なのです。
ヴェンダース 彼女はキャメラから四メートルから五メートルの空中にいるわけです。そうした曲芸を学ぶために彼女は十分な練習さえしていたはずなのです。それを逆構図の仰角で撮った画面には、確かに高さの印象がない。(中略)
──斜めに見上げるときの斜面の印象というものをいまだに映画は描くに至っていないのでしょうか。
ヴェンダース 山とか階段の急勾配にキャメラを向けたとき、そこに描かれるのは奇妙に平べったい世界です。スキーのジャンプ競技をテレビで撮っているときでも、下から見上げるとたいした勾配には感じられません。あれは不思議なことです。
──斜面や急勾配を真の意味で映画に活用しえた作家は、アンソニー・マンだけだと思います。
ヴェンダース そういわれれば、彼の西部劇で、幌馬車隊が山の稜線を進むところを仰角で撮った画面など、いかにも高い所にいて、いまにもころげ落ちそうな危険な感じを与えますね。たぶん何かを構図の手前に配しているからなのでしょうが、確かに、斜めに見上げるというアングルは、特別なもののようです。(後略)

ヴィム・ヴェンダース×蓮實重彦キャメラはやさしさをこめて存在や事実をながめる」『光をめぐって―映画インタビュー集 (リュミエール叢書)筑摩書房、1991年、pp.255-256

写真が見たままを写すわけではもちろんありませんが、人間の目が必ずしも真実を正しく認識しているとは限らないわけで、心理的なバイアスが必要以上に山や谷を険しく思わせているということはあるのかもしれません。