符牒

kechida2007-05-24

釣り場を分かれる前、なんらかの言葉をかけなければならないと考えたA.K.は、私のほうを振り向いて、「ところで母ちゃんは巻き込まないことな」と言った。おやじたちは、こうして進化していく。母親を巻き込まないことは、「旦那、食ってやすか?」をはじめとする、ばくぜんとした暗示や意図的な発音間違い(「フルーガー」を「プフルーガー」と言うような)に加えられ、いったいこのオッサンたちは女の子のように何をくすくす笑っているんだろう、と周りが疑問に思うようになるのも、もう間近だ。

ジョン・ギーラック「アダムズのハッチ」『トラウト・バム』つり人社、2007年、p.215

釣りの仲間同士でしか通じない符牒というのがあります。池の正式な名前なんて、あってないようなものが多いので、通称で呼ばれることになります。新規開拓池の場合、仲間内での命名権はその池で一番大きい魚を釣った人間に与えられます。しかし、別グループですでに命名されていて、そちらの方がセンスがいい場合は、そちらが採用されたりもします。「胎児池」なんて名前の池がありました。ソレが浮いているのを見た人がいるとか……。高級な住宅街の近くにある池は、ごく自然な成り行きとして「チバリーヒルズ」という名前が与えられます。「洋館池」というのは、当然それが目印なわけで、「ハンター池」には薬きょうがたくさん落ちています。これらはヒネリが足りないというか、そのままです。いっぽう「ラジオ体操池」なんて名前を見たこともありました。意味はさっぱり分かりませんが、「気分」みたいなものはヒシヒシと伝わってきます。

釣りと温泉は深い関係にありますが、温泉の下駄箱をめぐって奇妙な暗黙の決まりごとがありました。すなわち、「いつかはその大きさの魚を釣りたい」と願う番号を基準に、下駄箱が選ばれるのです。私のバスの最大魚は53cmです。したがって、53番以降の下駄箱をサーチします。60番が空いていたとします。同行の友人の最大魚が59cmだった場合、「じゃぁ、とりあえず1cm更新ってことで」と60番が選ばれます。すでに59cmを釣っている友人は、大胆にも68番ぐらいを選びます。今も、その習慣は守られてます。すなわち、控えめに28番や、ちょっと大胆に36番がその日の気分・釣果で選ばれます。