蓮實重彦『スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護』読了

kechida2004-05-21

蓮實重彦の文体の魔力とは恐ろしいもので、これからここに書き付けられることになるだろう文章も、必然的に似たものたらざるを得まい、なんちゃって。雑感をつらつらと。

どんなに放言めいたことを口にしても、蓮實氏の物言いはどこかつつましく上品であるのに、3度ほど対談する渡部直己はやや品がないのでは。本書中で蓮實氏は一貫してオリヴァー・カーンに厳しい評価を下しているが、必要とあらば同じ調子でカーンを擁護することもできるに違いない。一方渡部氏は「馬鹿ファン」などと不用意に口にし、何かを取り逃がしている気がする。

蓮實重彦は映画やスポーツといった二十世紀に入ってから興隆を極める大衆文化に一貫して興味を持っている。なぜそれらが氏の興味を引くかといえば、「運動」にほかならないからだ、というのがひとつの答えであると言える(映画とはすなわち「動く絵」である)。それが本書の副題でもある「あるいは運動の擁護」ってことなのだろう。

それでは、何がスポーツを面白くさせるか。あるいは、何が「運動」を「美しさ」へと変化させるのでしょうか。潜在的なものが顕在化する一瞬に立ち会い、その予期せぬ変化を誰もが自分の肌で感じるということなのです。(p.20)

本来、言葉にしがたい「一瞬」や「肌で感じる」ものを言葉にしようとする氏の語り口は相変わらず魅力的である。

なんて書いているといかにも難しそうな本だと思うかもしれないが、実際はゲラゲラ笑える本である。「MLB 2003年度のポストシーズンドン・ジマーの一人勝ちで終わった」って文章はクスクス笑いながらも、不意に涙腺を刺激する文に出くわしたりする、いかにも氏らしい文ではないだろうか。

余談ながら、氏は以前に『反=日本語論』所収の「滑稽さの彼岸で」という文章で「テレヴィジョンへの執着の希薄さ」を公言していたわけが、今やそんなこともなくテレビでスポーツ観戦を楽しんでいるようである。