Oval

アナログなもの(すなわち連続するもの)をデジタルなもの(すなわち非連続なもの=0と1)に変換することをencode=暗号化という。CDにはencodeされたデータが記録されているわけだ。これを再びアナログ化することをdecode=平文化という。どんなCDプレーヤーにもdecoderが搭載されているわけだが、高級オーディオの世界なんかだとdecoderのみが独立して販売されていたりする。
ドイツのオヴァルOval)ことマーカス・ポップ*1はCDの裏面にフェルトペンで落書きをしてdecodeを意図的に失敗させ、ノイズを作る。このノイズをサンプリングして音源として使っているわけだ。ウェブ・ブラウザなんかで変な文字コードを設定するといわゆる「文字化け」が起こるが、「読み込み(=decode)に失敗する」という意味ではちょっとだけ似ているところがあるかもしれない。
演奏自体でノイズを出すのではなく、音源そのものが事前にノイズ化されているという意味では、たとえばジョン・ケージのプリペアード・ピアノなんてのと比較することができるかもしれない。プリペアード・ピアノっていうのは「仕込み」があるピアノぐらいの意味で、要するにピアノの弦の間に消しゴムだのなんだのが挟んであって変な音が出るのだ。
サインペンで落書きしたCDからどんなノイズが出るかを制作者は制御することはできないが、どのノイズを音源として使うか選択する時点で審美的な判断が行われており、また、それをどう組み合わせるかという時点でも同様の選択が行われているはずだ。このプロセスそのものをオヴァル・プロセスなんて呼んで定式化しようとしていたりもするが、前述の通りある種の審美的な判断はどこかの時点では入り込まざるをえないわけで、完全に外部化・自動化するのは難しいのではないかと思ったりもする*2
したがって、オヴァルの音楽はただデタラメなノイズがデタラメに流れるというものではない。実際、その音楽は妙にメランコリックだったり、エモーショナルだったりする。OvalprocessのM1なんかは胸を掻きむしりたくなるような衝動を覚えないでもない(まぁ、その辺はあくまで個人的な好みであるけど)。

*1:この文章を書いている時、ちょっと調べたら、日本人のEriという人(水戸の人らしい)とSoというユニットをやっているそうで。新作が出ないなぁと思っていたらそういうことだったのか! 早速注文。それからMouse on Marsのヤン・ヴェルナーとMicrostoriaというユニットもやっている。Mouse on MarsとMicrostoriaも余力があったらアップする予定

*2:この点はバロウズカットアップなんかにも通じるものがある。ただ、コチラの方は実際に文章をカットアップするアルゴリズムがあったりするらしい。オヴァル・プロセスというのが本当に定式化されて、手持ちのCDを使って誰でもオヴァル風の音楽が作れるようになったらそれはそれでスゴイことである。余談ながら、写真画像処理ソフトには画像をモネが書いたかのように変換するフィルターがあったりして、それも同じ文脈で理解できるかもしれない。