開高健のジッポライタ

kechida2005-04-28

いろいろゴチャゴチャ書いたので、分かっていること、僕の考えなど(情報三球です>yoshida-さん。

  • 左のライタの蓋部分:1/17/D-ZONE/FEB. 14. 1965

これは誤解の余地なし。詳しくはコチラご覧あれ。1965年2月14日Dゾーンという地区でベトコンの攻撃を受け、200名の部隊中、開高を含め17人だけが生き延びた。開高はその17名中の1名だった。そーゆーこと。

  • 左のライタの本体:YEA THOUGH I WALK THROUGH THE VALLEY OF THE SHADOW OF DEATH I WILL FEAR NO EVIL. FOR I AM THE EVILEST SON OF A BITCH IN THE VALLEY

私の拙い訳で我慢を!:ああ、俺は死の影の谷を通りぬけても、悪魔なんか怖くはないさ。なぜなら、俺がこの谷のもっとも不吉なSON OF A BITCHだからさ。
200人中の17人として生き延びてしまった自分を「THE EVILEST SON OF A BITCH」としていささか自虐的にとらえたように僕には思えた。

「MEMENTO」はラテン語だけど英語の辞書にも出ている。remenberとかmemoryみたいな意味。藤原新也は『メメント・モリ』という作品集を出版しているが、Amazonのこの本の解説にも「死を想え」ってはっきり書いてある。サイトもあり。前出の2月14日のDゾーンでの出来事を考慮するなら、「MEMENTO MORI/VIETNAM」という刻印は単なる「呪文や警句」には思えない。余談ながら、『メメント [DVD]』という映画があって、なかなか面白かった。

  • 右のライタの本体:1964−1965/1968/1973

これも詳しくはコチラを見ていただきたいが、開高がベトナムを訪れた年が刻まれている。
という感じで「呪文や警句」と言うには、どれも意味がしっかりあるように僕には思えたのだった。

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◇写真はsafari家のみーやん(本文とは関係ありません)。