ところでまた建築の話

森博嗣のVシリーズ第一作の『黒猫の三角 (講談社文庫)』には桜鳴六角邸という建物が登場する。主人公の一人(もちろん探偵役)である瀬在丸紅子は、没落した旧名家の令嬢であり、科学者であり、美女であるという設定になっている。この紅子が昔住んでいた建物が桜鳴六角邸だ。

阿漕荘のすぐ隣に、広大な敷地面積を誇る桜鳴六角邸と呼ばれる屋敷がある。和洋折衷の大邸宅で、文化財としての価値も高いと聞いていた。(文庫版p.18

長くなるのですべてを引用はしないが、おそらく桜鳴六角邸のモデルとなったのは三重県桑名市にある六華苑であるに違いない。詳しくはリンク先を見ていただきたいが、この建物を設計したのは明治から大正にかけて活躍したお抱え外国人の建築家であるジョサイア・コンドルであり、洋館と和館が融合した奇妙な建物であるという。『黒猫〜』には以下のようにある。

このように、まったく形式の異なる二つの建築物が、とても複雑に入り組んだ状態で融合されていた。目を凝らしてみても、どこにも区切りや境界面は見つからない。物理的には接合され、連結しているのだが、確実に不連続な印象だった。(文庫版p.52

そして、六華苑=桜鳴六角邸が決定的だと思うのは以下の記述だ。

しばらく行くと、広い中庭に面した廊下に出た。(…)庭に面して右手にガラス戸が並び、保呂草が歩いている廊下は板張りだったが、ガラス戸と反対側には畳が敷かれた細長い通路があった。(…)
「この畳の上は歩いてはいけないんですか?」(…)
「は?」振り返って立ち止まり、老婆はじろりと保呂草を睨む。(…)
「そこは駄目じゃ」老婆は簡単に答える。(…)
「庶民は板の上じゃ」
「庶民?」保呂草は小さく呟く。(文庫版pp.53-54

ずばりコレのことだろう(一階の平面図と廊下の写真を参照されたい)。
六華苑を知ったのは、先日のエントリで触れた『サライ』の「数寄者の名庭」という小企画を通じてである。すごいゾ『サライ』!