ミッフィー展@銀座松屋

kechida2005-05-03

ミッフィーなんていうと、独身者の方なんかはなにやら乳臭い気配を察知し、毛嫌いするかもしれない。というか僕は昔そう感じていた。
しかし、視点を変えるならミッフィー (というかディック・ブルーナの仕事) はモダン・デザインの王道だと言える。すなわちその平面性と色面構成*1は、ずばりモンドリアンなんかにも通じると言えるだろう (実際、うさこちゃんが美術館のモンドリアン風の絵の前で佇んでいる絵 (というかイラスト) がある)。違いといえば直線と曲線ってこと。ま、こんなこと僕が偉そうに指摘するまでもなくいろんな人が述べていることだろう。昨年のディック・ブルーナ展では、モンドリアンに加え、マティス、レジェ、カルダーなどの芸術家とも比較されていた。
モダン・デザインは装飾をそぎ落とし、どんどん非人間的になっていく面を持っているが、ミッフィーは違った。絵 (というかイラスト) として成り立つ最小限の要素でのみ構成されたその作品は、その単純さゆえ老若男女、人種を問わずありとあらゆる人々のアディクションの対象となった。それは知的で怜悧な分析の対象であるよりは、人々の情動に訴えた。ミッフィーを見た日本人なら誰もが「カワイイ」と口にするだろう。
また、ディック・ブルーナはデザイナーであり、イラストレーターである、という点もきわめて現代的だと言えるかもしれない。純粋芸術ではなく応用芸術こそが20世紀の主流だったのだから。前述のディック・ブルーナ展では同じユトレヒト出身の建築家リートフェルトや、フランスのポスター画家サヴィニャックとも比較検討されていた。
そんなヘリクツとは関係なく楽しめる展覧会だった……、と言いたいところだが会場が込み杉。昨年のブルーナ展のような美術の文脈からの読み込みもいまいち不足気味だし、デパートの催事場ってのも僕的にはイマイチ。東京都現代美術館のようなボカーンと無意味に広い真っ白けの空間(要するにホワイト・キューブってヤツですな)に、ポツンポツンと展示されているのを見てみたかったなぁ、と思う。もちろん人がまばらでガラーンとしていて欲しいなぁ。
◇写真は昨年のディック・ブルーナ展の会場前の記念撮影コーナーでの一枚。

*1:6色しか使っていない。