「渓流のヒラタカゲロウ」

積ん読状態だった水生昆虫アルバム』新装版を解禁後一気に読了しました。釣り場での体験のフィードバックがないとこの本の面白さは半減する気がします。逆に言うと、入ってくることよりは出ていくことが多くなってきた私の脳味噌にとって、一度読了したことは何の意味もなさないわけで、釣り場で気になることがあったら、いつでもこの本をめくっていきたいと思うのでした。
pp. 146-153の「キイロカワカゲロウ」の項目に次のような一文があります。

◆キイロカゲロウ属の学名 Potamantbus は「川の花」の意。種名 kamonis は本種を命名記載された今西錦司博士研究地の一つであった京都の賀茂川 (鴨川とも書く。友禅流しでも有名) にちなみ、Potamantbus Kamonis は「賀茂川の花」という風流な名前になる。(強調は引用者による)

べらんめえ口調で書かれたこの本にあって敬語が頻出することはご愛敬で、今西錦司の圧倒的な知性、旺盛な行動力、人間的な魅力を少しでも知ってしまうとたちまちその虜になってしまいます。今西錦司のような人が渓流釣りの先輩にいるといういう事実はとても誇らしいことだと思います。『水生昆虫アルバム』を買ったのと同じ時期に、今西錦司の『イワナとヤマメ (平凡社ライブラリー)』を買って読んだので、『水生昆虫アルバム』を読み終える以前から今西錦司カゲロウの研究を通じて「棲み分け理論」を展開したことをボンヤリは知っていましたが、ここに来て、今西錦司がどのような研究をし、どのような理論を展開したかをちゃんと知りたくなり、「渓流のヒラタカゲロウ」という論文を含む『生物の世界 ほか (中公クラシックス)』を買って読み始めました。面白すぎます。書きたいことはいろいろありますが、長くなりすぎてもアレなんで、気が向いたら後ほどダラダラと。
ところで、先日のZU-NAMAレポに関係ある面白い一文が『水生昆虫アルバム』に出ていました。長くなりますが引用します。

まず、適当な入れ物に水を入れて、カゲロウでもトビケラでも何でもいいから水生昆虫のアダルトを浮かべる。次にここに (こんなことはあまりやらない方がいいが) 洗剤か石鹸を入れる。すると、わずかな量でズブンと沈んでしまうのだ。あれほどよく浮くヒゲナガカワトビケラなどもママレモン1滴で一巻の終わり。アッという間に死んでしまう (この時なぜか青緑色の体液が不気味に滲み出る)。羽化後の水生昆虫にとって水面の表面張力が破壊されるということは命に関わるカタストロフィなのである。川に生活雑排水を垂れ流されることで水生昆虫が迷惑するのは化学的な汚染ばかりではなく、界面活性剤によって水面の表面張力がガタ落ちしてしまうという物理的な破壊作用もあることを、羽化の際に水面の表面張力を利用する水生昆虫に成り代わって代弁しておきたい。最近は半沈みのフライが効くという傾向なども、トレンドとして捉えているお気楽な向きが多いが、トレンドどころか「警告」なのであって、環境破壊の思わぬ波及作用なのだ。

島崎憲司郎「Part 1 Universal View (3) BFコード 水面と昆虫の絡み方」『水生昆虫アルバム』新装版、2005年、フライの雑誌社、37頁

少なくとも水生昆虫にとっては石鹸だからいい、ってことはなさそうです。