マグロとアボガド

kechida2006-06-14

フライの雑誌』最新号をポロポロ読んでいます。特集「釣れるフライ 釣りたいフライ」は面白かったですが、オーセンティックなものをこよなく愛するコンサバティヴな私はちょっとだけ複雑な思いを抱きました。トラディッショナル・パターンが「正しく美しい日本語」だとすると、「日本語の乱れ」みたいなものをどこまで許容するのか、という問いを突きつけられた気がします。あるいは、居酒屋の創作料理とか……。私はどちらかというと規制の少ない自由な世界を好みますが、やはり守るべきスタンダードというものは間違いなく存在すると思うのです。偉大なトラディッショナル・パターンはバッハのようなものかもしれません。ま、たかが毛鉤ですから、なんでもいいのですけど。
私はリアルタイムでは読んでいませんが「スタンダードフライ・タイイング図説」という備前貢氏の連載が昔の『フライの雑誌』にはありました。「コンパラダン」の章なんか全部を引用したくなるような素晴らしい文章だと思います。

……このシンプルにして無骨なパターン*1を、繊細さを追求したメイフライ・パターンに応用した着眼力や観察眼は、「ハッチズ」に目を通した方なら誰もが納得して頂ける水生昆虫学そこのけの綿密かつ詳細な仕事を自分達の目と足でやってのけた、アル・コーチならではのものでしょう。

備前貢「スタンダードフライ・タイイング図説7-2 コンパラダン」『フライの雑誌』36号、p.114*2

備前氏が素晴らしいのは、けっして安直なオリジナル・パターンを発表しないことです。「オレノ・チェルノ」なんていう軽薄なフライを発表していたりもしますが、これはフェイクでインチキであることを本人も読者も十分理解しているはずです。オリジナルに対する愛=リスペクトとホンのちょっとのチャメ気。当ダイアリで以前に言及した「ボブ」についての話なども、氏の伝統に対するリスペクトとマイノリティに対する眼差しを反映した素晴らしい記事でした。
一方で、備前氏は単なる伝統礼賛に堕しません。

さて、そんな誰にでも巻きやすくて使いやすいコンパラ・ダンを巻く上で最も注意しなければならないのは、ウイングは必ずフックシャンクに*3上部に半円を描いて180度に開いていること、さらにそのウイングが前方に傾斜することなく、シャンクに対して直立していることくらいでしょうか。このバカッと開いたウイングとボディが絶妙に水面に絡みついた時に、最大限の効果が発揮されるわけです。

(同前、pp.114-115、強調は引用者)

このようなディテールについてのコダワリに、単なる伝統礼賛にとどまらない積極的な攻撃性のようなものを感じてしまいます。これは備前氏がレゲエ好きであることに大きく関係するかもしれません。レゲエ=ジャマイカ的には近代の欧米社会で主流のオリジナルとその作者というような考え方はイマイチ馴染みません。同じトラックを使い回して次々と作り出されるヴァージョン。これは某洋画家的な盗作とも違うし、才能に恵まれた天才が生み出す唯一無比の創作物でもありません。あくまでヴァージョンなのです。

*1:引用者註:ヘイスタックのこと

*2:ちなみにこの号の冒頭の記事は「単行本「水生昆虫アルバム」はなぜ発行が遅れているのか」という記事でした。私は備前氏の記事そのものが島崎氏を意識していたものだと理解しています

*3:原文ママ