画家と音楽家

既にそこにあるもの (ちくま文庫)
画家・大竹伸朗の雑文集『既にそこにあるもの (ちくま文庫)』に収録されている「距離 武満徹の追憶に」と題された文章にとても興味深いエピソードが紹介されています。「一九九〇年の個展の際、となりの建物で同時に展覧会をやっていたイギリスの音楽家デヴィッド・シルヴィアンに、僕は武満さんを突然紹介され、ひどくあわてた」という画家は、武満徹と誕生日が同じであることを知り「一方的なプライドを感じ」、しかも「丁度その日が誕生日だったので」盛大な飲み会が催されたそうです。

デヴィッド・シルヴィアンはもちろん武満さんの音楽を崇拝していて、横でやりとりを聞いていると、どこか先生と生徒のようで興味深かった。そして、彼の武満さんへの「今一番興味のある音楽家はだれですか」という問いに、武満さんは急に真顔で考え始め、しばらくの沈黙の後、「プリンス」と答えた。その時、デヴィッド・シルヴィアンがどうプリンスの音楽を評価していたのかは全く分からないが、一瞬会話はプツリととぎれ、空気がねじれた。それから武満さんは一方的に、いかにプリンスが素晴らしいかを一生懸命みんなに話していた。全くの偶然だが、その後、デヴィッドがイギリスの家を引き払い、アメリカに渡り新居を構えることになったのだが、プリンスの住むミネアポリスだと知った時、僕はその晩のあの空気が蘇り、楽しかった夜を思い出した。

その飲み会の時のものかどうかはよく分かりませんが、ショートホープかなんかの内箱に毛筆でさらっと描いた「武満徹ラッセル・ミルズ」と題された作品が残されています。きっと愛着のある作品なんでしょう。私の手元にある2冊の画集にも収録されているし、展覧会で1〜2回実物を見ました。
私的には、大竹伸朗がプリンスをどう思っているのか知りたい気がします。私の予想では、馬鹿にしているにも関わらず無視できないヤツ、みたいなそんな感じだったのではないでしょうか? 10月14日から東京都現代美術館で「全景」と題した大規模な回顧展が開催されるようです。もし、会場に画家がいたら「プリンスどうよ」って聞いてみたいです。でも私はシャイなんでそんなチャンスがあったとしても100%聞けないと思いますが。

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追記:はてなキーワード「デヴィット・シルヴィアン」の項が恐ろしく充実しています。それによると、

'90年にはアルバム・デザインやツアーの舞台デザインを手がけたアーティスト、ラッセル・ミルズとのコラボレーション「Ember Glance」を東京のウォーター・フロントで行い('91年に会場の様子等を収めた同名のブックレット/CDのボックスをリリース)

ということです。本文中で触れた「武満徹ラッセル・ミルズ」という作品は1990年のものですから、この時に描かれたものであることは間違いなさそうです。ひとり静かに興奮してしまいました。ラッセル・ミルズと画家については以前に簡単に紹介しました