それぞれの楽しみ

kechida2006-01-30

『南の海からきた丹沢―プレートテクトニクスの不思議』がすごく面白いです。

しかし、丹沢山地の中に貝化石がないわけではありません。西丹沢の北側、道志川の支流である神ノ川の上流、長者舎から鐘撞山の地域一帯では、カネハラニシキというイタヤガイの仲間の化石がみつかります。*1
鎮西清高「貝化石から見た丹沢の歴史」『南の海からきた丹沢―プレートテクトニクスの不思議』有隣堂、p.101

このカネハラニシキという貝は1400万〜1000万年前にかけて生息した種類で、丹沢が生息の南限である寒流域に生息する貝だそうです。丹沢山塊からはこの貝以外の貝化石は発見されておらず、神ノ川上流域以外には「中津渓谷の南側、中津山地の法華林道沿い」からも発見されています。以上のことから少なくとも1000万年前には、丹沢山地を形成している地層は、本州の近くに位置し、寒流(黒潮親潮)に洗われていたということが分かるそうです。沢の周囲は浸食されていろんな地層が露出している場所なので、丹沢で釣るときは注意して見てみようと思いました。
ところで『丹沢物語―ビッグセッジ 魚止め その他の短篇』所収の「魚止め」という文章にも神ノ川*2の話が出てきます。神ノ川の奥でキャンプしていたら土砂降りにあい、長者舎山荘に避難したというエピソードから始まるこの話は、関東大震災で絶滅したというイワナをめぐる話に、先輩の死を重ね合わせた話です。

神の川は関東大震災以前は大イワナの宝庫だったが、それ以降は土砂が谷を埋めてイワナは絶滅した。あるいは、関東大震災でもイワナは生き残ったが、その後の堰堤の構築、林道の延長工事などによってイワナは絶滅した。と、たいていの本には書かれていた。(p.142)

「神の川に築かれた堰堤はどれも巨大で、支流にかかる滝も鋭く高かった」にも関わらず「決死の覚悟」で「ぼくはイワナを求めてそれらを越えていった」。そしてついに発見します。

こわい思いをしつつ一シーズン神の川に通い、ぼくはついにイワナを見つけた。だが、イワナがいたのは距離にして一〇〇メートルくらいのごく短い範囲だけで、すぐそばでは堰堤工事が行われていたので、神の川からイワナが本当に消えてしまうのも時間の問題だと思った。(p.144)

それ以来10年ほど神ノ川から遠ざかっていたのですが、先輩の死が契機となって、神の川を再訪します。あまりネタバレしてもアレなんですが、意外なところでイワナを釣り上げた著者は「釣り人は魚を殺しもするが、生かしもするのだ。僕はその釣り人に、救われたような気がした。ぼくも、釣り人でいたいと思った」という境地に達します。
それにしても、この碓井昭司という著者はどんな人なのでしょう? あまり釣り業界人っぽくないです (実際、そんなことはないのでしょうが)。『丹沢物語』は透明な喜びと哀しみに溢れる素晴らしい本でした。
◇というわけで、仕事の打ち合わせに行った上野駅で、駅構内にある子ども向けの科学ショップ (?) に立ち寄ってきました (写真)。顕微鏡、各種鉱物、石、人体標本、天体望遠鏡、昆虫の標本などが売られていましたが、スレた大人の食指を動かすようなアイテムはイマイチありませんでした。やっぱり地質調査用カバンを買っておけば良かった!

*1:同書は連続講演会の記録なので「です・ます調」で書かれています。

*2:『丹沢物語』の著者は「神の川と表記していますが、引用箇所以外は「神ノ川」という表記に統一しました。