諧謔趣味──井伏マス二*1礼賛
釣り文学者としての井伏マス二という作家がとても好きになりました。それまでは開高健的なナルシシズムに耽溺していたワケですが、一度、井伏的諧謔の世界に足を踏み入れてしまうと、その虜になってしまいます。
先日、ウォルトンの「釣魚大全 (地球人ライブラリー)」*1を久しぶりに読み直した。釣師の聖典といわれている書物である。(中略) 川釣りで成績が悪い場合には「生餌に樟脳の粉を振りかけるべし。汝と並んで釣糸を垂れている人は釣れなくっても、汝だけは釣れること正しく妙なるべし。」という意味のことが書いてあった*2。しからば、自分もこの方法で試してみようかと気持ちが動いて来た。さっそく、町内の釣友達である芳松さんを唆かし、荻窪発青梅行きのバス*3で青梅に行き、電車で宮ノ平に行った。
井伏マス二「樟脳の粉(「手習草子」収録)」『川釣り (岩波文庫)』岩波文庫、pp.68-69
なんともすっとぼけた調子がツボにハマります。鯔 (ボラ) あたまの話題から語り起こす「肉体について」という一文なんて、大爆笑ものです。鯔あたまと聞いてそれがどんな形状なのか、一般の人がすぐに想像できるかどうかは分かりませんが、魚のことを知っている人間だったら、一発で分かります。そして、文豪のプロフィール写真をながめ、ニンマリする次第です。
鯔あたまで短躯肥大の男は中気にかかりやすいというのは本当だろうか。(中略) 私の頭の恰好は後頭部に丸みがない。いわゆる鯔あたまである。カンカン帽をかぶると、両の横鬢あたりが締めつけられるようで落ちつきが悪い。よほど以前、カンカン帽の流行していた当時には、私も一時その流行を追ってみたが、新しいのをかぶっても気になって初夏の爽快な気分を味わうことが出来なかった。もしかしたら、私は子供のとき仰向けに臥かせつけられていたのかもわからない。枕をあてがってもらっても、はねとばして大の字に寝る癖があったのかもわからない。兄弟のうちで私だけ鯔あたまである。
井伏マス二「肉体について」『井伏鱒二文集 第3巻 釣の楽しみ』ちくま文庫、pp.149-150
鯔と山椒魚の後頭部の扁平ぶりの類似を想起してみるのもまた、面白いでしょう。というわけで、今週末もまた釣りに行きたいです。